【掌握】ケーキ男子

 ジリリリリ。耳障りな音が鳴り始め、俺は慌てて受話器を取った。
「はい、こちらは鷹司」
 ここの使用人として働き始め、一番任されていることは固定電話の番だ。だからと言って、たくさんかかってくるわけでは無い。大体、他の使用人からの電話が六割、他の家からが二割、この家の主──朝日殿下から一割、陛下からが一割だ。今回は誰だ……。
「ちーくん、甘いの食べるか?」
 頼むから最初に名乗ってほしい。
「はぁ……何があったんですか?」
 思わず不機嫌そうに言ってしまった。受話器からは風の音と、機嫌が良さそうに小さく笑う主の声が聞こえてくる。
「帰りに商店街に寄ろうと思ってな、たまには甘いものでも買おうと思ったんだぞ」
「甘いもの……ですか」
 思わず口の中で涎が溜まる。
「ケーキだったら何が食べたいか?」
「それならシ……」
「……シ?」
 うぅ。あ、危なかった。危うくショートケーキって言いそうになった。甘いものが好きってバレるのは、なんかちょっと恥ずかしく感じているからバレないようにしたい。
「な、なんでもありません! 私のことは気にせず大丈夫ですので。主様がお召しになりたいものだけ購入をお願い致します」
 そのように伝え、軽い業務連絡を交わして通話を切った。

 巳の刻が過ぎ、業務を終えるために片付けを始めたころ、玄関の戸がガラガラと開き、二つの足音がこちらへ近づいてきた。
「ちーくん、お疲れさんだぞ!」
「先輩、お疲れ様です」
 殿下と後輩の凪ちゃんが戻ってきた。俺は二人の方へと振り返り「お帰りなさいませ」と伝えた。俺は直ぐに片付けの続きを進めている頃、二人は作業台で何かを広げている。カチャカチャと陶器の音が数回鳴り終えた後、殿下は俺のことを呼んだ。
 何かと思いながら返事を返すと、僕の大好きなケーキ屋の、大きな粒の苺が乗ったショートケーキが用意されていた。
「いつも有り難うな」
 そう言いながら殿下は俺の机の上にケーキ皿を置いた。
「な、何で……」
「従業員を労うことも雇い主の使命だぞ」
「は、はぁ……」
 そえられたフォークを片手に手に取り、いただきますと伝えながら一口サイズにケーキを切る。それを口の中へと運べば、口内は幸せのハーモニーが奏合い、心身の疲れがどこかへ消えていくような感じがした。むぅ……一度食べ始めると止まらない。苺も美味しい。
「顔、緩んでいるんだぞ」
「んんん~~~」
 行儀が悪いので言葉にして反論できない!
 殿下も凪ちゃんもニコニコしている。二人で何を楽しんでいるんだ?
「ショートケーキで良かったな。凪の言うとおりだったぞ」
「はい、先日、先輩と買い物へ出かけた時にこのショートケーキを見て美味しそうって呟いていましたので。食べたかったのかなと思ったのです。こちらを選んで良かったです」
 うっ。確かにあの時は小声で呟いたな。
 ん? 殿下の顔が不機嫌になっていっているように見えるんだけれど?
「そうだな。ちーくんと。二人きりで。買い物に……な?」
 嫉妬しないでください!


男の嫉妬は見苦しいぞ朝日!
尚、『かざみどり』の時系列として、この時点ではまだ朝日と凪は付き合ってません。

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